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「ま~る」(旧「NPO配りの会」)犯罪を経験した当事者と支援者でつくる自助グループ

ま~る(旧「配りの会」)は、刑務所出所者など犯罪を経験した当事者と、産業カウンセラー、家族相談士、精神保健福祉士、社会福祉士、弁護士などでつくる、自助グループ活動を行っているNPOです。2011年設立、刑務所から社会へ戻る方に寄り添う活動をしています。

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おしゃべり会9/18感想

アサーション②
  
                シャンプー

      
 この題はまるちゃんがサクッとホワイトボードに書いた題名です。
 大体あっているので感想文の題名にしました。

 今日も皆さん定刻遅れで雑談から入り、ゆるく始まるおしゃべり会です。

2015092821121974e.jpeg

 今回の参加者はライダーさん。シャンプーと同じ刑務所で同じくらい長くお勤めし、シャンプーより3年早く出所した同じ釜の飯を食べた仲間です。

 ただ、受刑生活のアプローチは真逆で、不良囚として過ごしたシャンプーとは違い、模範囚として過ごした彼は出所時の所持金は現金100万円を軽く超えていました。
 シャンプーは出所時所持金1028円です。マジです。

 細かな話ですが、法改正前の監獄法では「作業賞与金」といわれ、今の行刑法では「作業報奨金」と言われます。彼に対する処遇はほぼ旧法なので「作業賞与金」とします。

 刑務所は10に分けられた作業等工で作業賞与金を計算します。
 最初の月は見習工とされ、月収は700円ほどです。
 一月無事に働いたら等工は9等工となり、およそ3割ほど時給が上がります。
 9等工から7等工までは3か月で昇れます。
 その後、昇等期間も遅くなり、1等工にたどり着くにはそこそこ責任にある作業(班長・衛生夫・看病夫・計算係と呼ばれる世話役)、に移り、かつ、3年は無事故を続けなければなりません。
 受刑生活の月収の最高額は2万円ほどです。
夜勤早朝手当、危険手当、資格手当などで割増が付いた最高額です。
「じゃあ俺もマトモに務めるから月収2万円に成る!」
とは簡単には行かず、それはプロ野球選手に憧れる小学生が
「イチローを超える選手になる!」
というようなものです。
 その作業賞与金額に行くまでにはその目標となる志がなければならず、その志に向けて努力をしても、すべての人が受けられるものではありません。
 しかし、努力をした人にしかたどり着けない賞与です。
 ライダーさんはそのお金を元手にし、事業を起こし、私設の更生保護施設を運営しています。
 私は、彼の意志の強さを尊敬します。

 私の目標・志は何だったのか。
 最初は無事故で過ごして仮釈放を貰おうと考えていました。
 貝のように自制し、忍び耐えればそれは与えられるものだと思っていました。

 しかし、私は最初の居室からそれはできなくなりました。
 自分は年が下だし、受刑歴も少ない。周り全てに丁寧な言葉を使いました。
 同室者全員から洗面器の使い方、掃除の方法、新聞のめくり方を注意され、注意されることが日常となっていきました。
 私のその頃の口癖は
「スミマセンでした」
「ごめんなさい」
「もうしません」
「ゆるしてください」
です。
 しかし、緊張が先立ち、何を叱られたかは覚えていなく、繰り返して同じことを注意されます。

 そんな日々から始まり、そのうち熱が下がらなくなり、帯状疱疹が出て休養しました。
 それが一月ほどで治り、また働けると思ったら今度は呼吸が苦しくなりました。
 肺に水がたまり、片方機能していなかったのです。
 それから再び働けるまで2年ほどかかりました。
 休養中は当然、作業賞与金(監獄法では作業報奨金)はゼロです。
 「0円を与える」という書類に指印を押し続ける日々でした。

 その休養期間に、私は親族の身柄引受を断りました。
 身柄引受になるはずの理容師の知人が、給湯器による事故で亡くなりました。
 理容師の職業訓練を受けて、直ぐに働こうと思っていた目標が途絶えました。
 それでも、理容師は諦めなくて済みそうでしたが、心が折れたのです。
 この頃は立て続けに不幸が知らされていました。
 仮釈放を諦めたのはその頃です。

 諦めなかったことは唯一、生きることです。
 生きる理由もないけれど、それだけを自分に命じました。
 それ以外は諦めました。

201509282112004ff.jpeg

 今回のアサーションで自分の長所を書きだしたのですが。
 一番が「生きること」です。

 生き延びるための技術は沢山身につけました。
 「無人島でも生きていけそう」
 と、よく言われますが、たしかにそのとおり。
 だいたい人は、ゴミのようなものを有効活用する私を見てそう言うのですが、無人島に必要なのは「孤独に耐えぬく方法」です。

 私は孤独を紛らわすために、このま~るのおしゃべり会に来ています。
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