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「ま~る」(旧「NPO配りの会」)犯罪を経験した当事者と支援者でつくる自助グループ

ま~る(旧「配りの会」)は、刑務所出所者など犯罪を経験した当事者と、産業カウンセラー、家族相談士、精神保健福祉士、社会福祉士、弁護士などでつくる、自助グループ活動を行っているNPOです。2011年設立、刑務所から社会へ戻る方に寄り添う活動をしています。

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11月7日おしゃべり会感想。

今回のおしゃべり会の看板はこれ、

 

 

「何が起こるかわかりません」

出所者在中

「覚悟して入れ!」

 





3418.jpg



 

おしゃべり会って、「神の遊び」だと思っています。

 

 

何が起こるか、誰にもわからない。

 

 

自分が思い通りの展開になることはまず無く、

 

それでも終わったときは、

 

「ああ、在りえないほど素敵な時間だったな。」

 

と、思えました。

 

 

私はおしゃべり会参加は、

 

来年を予定していないので

 

今回が最後のものと思っていました。

 

「出所者の生き辛さを克服するため。」

 

でもあったおしゃべり会だけど、

 

他にしたいことが沢山あるから、

 

今回を持って卒業します。

 

 

 

 

さて、今回は、初参加の方、二回目の方が多く見えて、

 

 

はっきり言って場の空気が読めない。

 

 

で、はたと気がつく。

 

「場の空気は読むものではない」

 

 

「空気は吸うものだ!」

 

 

 

その場に何を為すべきかの義務感を捨てて、

 

いまここで、ただイチ参加者として存在する。

 

 

 

そういうことを心がけて、自分が楽にいられるようにします。

 

 

何が起こるかわからない、

 

何が起きても受け入れる、と思っていたら

 

 

今回おしゃべり会、リタイヤ続出。

 

 

 

初参加と、二回目の方が

 

この場に居づらくなって

 

場を去っていきました。

 

 

 

ま、私も去る身ですが・・・。

 

 

 

居心地が悪いから去るの?

 

 

 

それってとってもいい選択。

 

 

 

自分も、刑務所で居心地が悪い雑居部屋にいました。

 

そして、その部屋から逃げるために

 

「情願」という不服申立て制度を使って

 

独居房に引きこもり続けていました。

 

居たくないところには居なくていい。

 

自由の選択ですね。

 

 

刑務所に居てもできるだけ自由。

 

でも、刑務所はそういった人達には更に自由を奪う。

 

 

後に昼夜間独居を3年以上続けられたときには

 

流石に人恋しかったなと。

 

 

 

 

で、今回その場から居なくなる人には

 

もう私は何もできない。

 

 

その人自身の中で起こったことは、

 

その人自身の体験。

 

ただ、勝手ながらに良かったと思っている。

 

 

 

どんな気持ちでここを去っていったのか。

 

推測はできるけど、

 

 

その人が表現をやめて去っていくのだから

 

事実はわからない。

 

 

 

 

 

 

自分が攻撃されたか、無視されたか?

 

 

 

しかしまあ、

 

 

攻撃したほうは、攻撃した!

 

という認識がないのが多い。

 

 

最近思う事例を一つ。

 

「裏切られた!」

 

と、表現する人がいるがこれはその人の主観。

 

 

攻撃したという自覚もない。


裏切られた!という人の話を聞くと、

 

「こんなにしてやったのに、あいつは俺から去っていった!」

 

 

という話。

 

 

 

相手からすれば裏切るつもりはない。

 


「押し売りですか!」

「相手は身を守って離れただけ!」

 

と、その相手の立場を想像する。

 

 


芥川龍之介に「藪の中」という作品がある。

 

一つの事実をそれぞれの人が話す小説のようだ。

 

 

 

ああ、この人のうちにはこういうことが起こっていたのだ。

 

 

と、それぞれの主観が伺える。

 

 

 

それを遠くから見れるから、

 

この小説は「神の視点」とおもう。

 

 

 

そして、改めておしゃべり会は、


誰も結果が予想つかず、


すべての人の気持ちを把握できない。


「神の遊び」と思ったのでした。

 



 

このあと、皆で食事に行き、

 

相手を選んで少人数で話ができた。

 

 

「ああ、この時間まで彼らが居てくれたらな。」

 

 

と、コントロール欲求の伴う感情が湧いた。

 

これはいかん、コントロールできないからこそ、良いのではないか!



と気がついたのでした(オチ)。




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